名古屋高等裁判所 昭和30年(ネ)195号 判決 1956年8月18日
控訴人 被告 株式会社伊藤醤油部 外一名
訴訟代理人 佐治良三
被控訴人 原告 伊藤昌郎 外四名
訴訟代理人 伊藤嘉信 外二名
主文
原判決を取り消す。
被控訴人等の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする。
事実
被控訴人等は控訴人元太郎及び控訴会社の両名を共同被告として本訴を提起し、原審において被控訴人等勝訴の判決があり、右控訴人両名はこれに対して控訴をした。控訴会社の訴訟追行は、当初より昭和二十六年までは第一、二審を通じて当時の代表者たる控訴人元太郎がして来たが、その後当時の代表者水野栄三郎においてこれをなし昭和二十七年四月二十四日控訴会社の右控訴を取り下げた。当裁判所は口頭弁論期日に控訴会社の現在の代表者門脇静子を呼び出して弁論を命じた。
控訴人元太郎は、主文同趣旨の判決を求め、控訴会社は、控訴人元太郎がその代表者であつた当時において、主文同趣旨の判決を求めた。
被控訴人等は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人等の負担とする」との判決を求め、更に本訴請求の趣旨を変更して、「昭和二十三年七月四日開催の控訴会社臨時株主総会における増資決議に基く増資新株式五千九百五十株につき同年七月三十一日控訴会社と控訴人元太郎との間に締結された株式引受契約は無効であることを確認する。控訴会社は、右株式につき、控訴会社の株主に引受の申込を求め、その引受申込に対し公平に割当の手続をせよ。ただし、ここにいわゆる株主は前記増資決議により所有株式一株につき三株の割合をもつて増資新株式が割り当てられその割当増資新株式全部の引受をした株主に限る。訴訟費用は第一、二審とも控訴人等の負担とする」との判決を求めた。
被控訴人等及び控訴人元太郎の主張は、被控訴人等において左記第一のとおり陳述し、控訴人元太郎において左記第二のとおり陳述したほか、原判決事実欄の記載と同様であるから、ここにこれを引用する。
第一、被控訴人等の主張
(一) 控訴会社は昭和二十七年四月二十四日被控訴人等の同意を得て本件控訴を取り下げた。
会社の社団的性格より観察すれば、本件訴訟は、元来控訴会社だけを被告として訴を提起すれば足り、控訴人元太郎までも被告とする必要はなかつたのである。被控訴人等と控訴人元太郎との間において被控訴人等勝訴の確定判決があつても、その判決の効力は控訴会社に及ばない。本件訴訟は、控訴人両名につき、固有必要的共同訴訟でないことはもちろん、類似必要的共同訴訟でもない。したがつて控訴会社の前記控訴の取下は有効であり、原判決中控訴会社に関する部分は既に確定している。
なお控訴会社は昭和二十七年三月二十日の取締役会において本件残株式五千九百五十株につき割当の手を続なすべき旨を決議し、その結果右株式全部の割当、引受、払込等の手続は完了し、同年六月二十一日の株主総会においてその旨報告されている。右引受の残株式については当時ただちに株券が交付されたが、その株券については売買譲渡も行われている。
(二) 昭和二十三年七月三十一日の役員会においては、控訴人元太郎、監査役伊藤久左衛門等は、本件残株式五千九百五十株につき、一時控訴人元太郎の名義にしておき後日株主等よりの引受希望の株式数を調査してその株主等に名義変更の手続をするようにしたい旨を申し出たので、被控訴人昌郎はその言を信じて右申出に同意し、その結果右残株式全部を控訴人元太郎に割り当てるという決議が成立したのである。しかしながら、控訴人元太郎がその後右残株式につき希望者に名義書換の手続をしなかつたところから考えると、被控訴人昌郎の右同意は控訴人元太郎等の詐欺に因る意思表示であつたことが明らかであるから、被控訴人昌郎は、昭和二十四年十一月三十日附内容証明郵便をもつて控訴会社に対し、右決議は株式総会の増資決議及び株主平等の原則に違反し無効であるが、仮にそれが有効であるとしても、民法第九十六条により被控訴人昌郎の前記同意を取り消す旨の意思表示をした。
なお本件増資決議に基き割当を受けた株式の全部または一部の引受をしなかつた株主は結局においてその全部または一部の引受権を放棄したものであり、このような株主が存在したために本件残株式五千九百五十株が生じたのであるから、前記のような割当株式の全部または一部の引受権を放棄した株主に対しては、本件残株式五千九百五十株の割当をなすべきものでないと考える。それでその趣旨は本訴請求の趣旨を変更する。
第二、控訴人元太郎の主張
(一) 控訴会社の代表取締役は控訴人元太郎一名だけであつたが、被控訴人等は、昭和二十四年一月津地方裁判所四日市支部同年(ヨ)第一号事件をもつて、控訴人両名を相手方として、控訴人元太郎が引き受けた本件残株式五千九百五十株の議決権停止等の仮処分決定を得たので、控訴人等は、右決定に対し、津地方裁判所同年(モ)第三号事件をもつて、異議の申立をした。そして同事件は控訴人等の敗訴となつたので、控訴人等はこれに対し名古屋高等裁判所昭和二十四年第(ネ)五一号事件をもつて控訴の申立をした。
当時の株式の分布状況によれば、前記残株式五千九百五十株が控訴人元太郎に属する限り、被控訴人等側に属する株式数は、控訴人元太郎側に属する株式数に比して、到底過半数に達しないけれども、右残株式の議決権が停止せられるにおいては、被控訴人等側に属する株式数が株主総会において過半数を制し得ることとなるので、被控訴人等は、右残株式の議決権を停止した上株主総会の開催を強行し控訴会社の取締役等を被控訴人等側において獲得しようと企図して、前記仮処分決定を申請したのである。
他方、控訴会社は、前記裁判所支部昭和二十四年(ヨ)第二号事件をもつて、被控訴人等を相手方として、本件増資新株式全部の議決権停止の仮処分決定を得たが、被控訴人等は、右決定に対し、津地方裁判所同年(モ)第四号事件をもつて異議の申立をし、控訴会社敗訴の判決があつたので、控訴会社は、これに対し、名古屋高等裁判所昭和二十四年(ネ)第五〇号事件をもつて控訴の申立をした。
本案訴訟としては、被控訴人等は、控訴人両名を相手方として、本件訴訟を提起した(津地方裁判所昭和二十四年(ワ)第一三号事件、名古屋高等裁判所同年(ネ)第六八号事件、最高裁判所昭和三十年四月十九日の差戻判決後の同高等裁判所昭和三十年(ネ)第一九五号事件)。
他方、控訴会社は、被控訴人等を相手方とし、津地方裁判所昭和二十四年(ワ)第一四号事件をもつて、新株引受契約有効確認等請求訴訟を提起したが、控訴会社敗訴の判決があつたので、これに対し、名古屋高等裁判所昭和二十四年(ネ)第六七号事件をもつて控訴の申立をした。
そして叙上の各控訴事件が名古屋高等裁判所に係属中、被控訴人昌郎は、控訴人元太郎及び取締役伊藤純一郎の両名が控訴会社の取締役であることの各解任を求める訴訟を提起することを前提として、津地方裁判所昭和二十六年(ヨ)第四一号事件をもつて、右両名が取締役たることの各職務の執行を停止しこれが代行者を選任する仮処分決定を申請し、同裁判所は、同年十月三日右申請を認容して、右両名が取締役たることの職務の執行を停止し弁護士横井孚一及び同田中長三郎の両名を控訴会社の取締役職務代行者に選任する旨の仮処分決定をした。ところが、右職務代行者両名は、被控訴人等側の代弁者であるかのような行為をし、前記名古屋高等裁判所昭和二十四年(ネ)第五〇号事件及び同裁判所同年(ネ)第六七号事件の各控訴を取り下げたのである。
その結果、控訴人元太郎の本件五千九百五十株の議決権だけが仮処分によつて停止され、したがつて被控訴人等側に属する議決権をもつて過半数を制することの可能な状熊が一時的に現出したが、このような状態のもとで株主総会が開催されたので、訴外水野栄三郎が控訴会社の代表取締役に就任することとなり、同時に控訴人元太郎等は取締役たることを解任された。なお前記職務代行者両名も仮処分の解除によりその任務を終了した。
そして右水野栄三郎は、控訴会社の代表取締役として、名古屋高等裁判所昭和二十四年(ネ)第五一号事件における控訴会社の控訴を取り下げると共に、昭和二十七年四月二十四日本件訴訟における控訴会社の控訴をも取り下げたのである。
本案訴訟につき確定判決があるまでの暫定的措置にすぎない仮処分を利用して前記のように本案訴訟自体の運命に最後決定的な結末をつけることについては、多大な疑問を抱く次第であるが、その点はともかくとして、本件訴訟は控訴会社と控訴人元太郎とにつき合一に確定すべき必要的共同訴訟であるから、本件訴訟において水野栄三郎がした控訴会社の控訴取下はその効力を生じない。
株主権は株主の会社に対する権利であるから、その存否を争う者は会社を相手方としてその存否を確定することによつてはじめて実益があるのである。それで被控訴人等は、控訴会社だけを相手方として本件訴訟を提起すれば十分であつて、その際控訴人元太郎をも相手方とする必要はなかつたのである。もつとも被控訴人等が控訴会社だけを相手方として本件訴訟を提起すれば、控訴人元太郎は、民事訴訟法第七十一条により、当事者として右訴訟に参加することができる。その場合、訴訟は同法第六十二条により必要的共同訴訟として取り扱われ、訴訟の目的は合一に確定せられるのである。したがつて被控訴人等が本件のように当初から控訴会社と控訴人元太郎との両名を相手方として訴を提起した場合においても、同法第六十二条の適用があるものと解さなければならない。もしこれを反対に解するにおいては、被控訴人等が控訴会社のみを相手方として訴訟を提起した場合には、控訴人元太郎は、その訴訟に参加することによつて、被控訴人等と控訴会社とが馴合で控訴会社が殊更に敗訴することを防止し得るけれども、被控訴人等が控訴会社と控訴人元太郎との両名を相手方として訴を提起した場合には、控訴人元太郎は前記のような馴合を防止する方法がないこととなつて、極めて不都合な結果を生ずる。
(二) 昭和二十三年七月三十一日の役員会においては、代表取締役たる控訴人元太郎、取締役たる被控訴人昌郎、取締役伊藤小三郎、同伊藤純一郎、監査役伊藤久左衛門及び同伊藤友五郎の取締役及び監査役の各全員が出席し、満場一致をもつて、本件残株式五千九百五十株を控訴人元太郎に割り当てる旨を決議したのである。そして右役員六名の当時の所有旧株式数は、合計二千七百八十株であり、控訴人元太郎の分を除いても二千五百五十株であつて、控訴会社の当時の旧株式総数五千株の過半数にあたるのである。この点から観察しても、右決議は多数株主の希望を参酌しその意思に副うものであることが明かである。
控訴会社が被控訴人昌郎より昭和二十四年十一月三十日附内容証明郵便をもつて被控訴人等主張の取消の意思表示を受領したことは認める。しかしながら、前記役員会において控訴人元太郎等に被控訴人等主張のような詐欺的言動はなかつたから、右取消の意思表示は無効である。
控訴会社の以前の代表者水野栄三郎及びその現在の代表者門脇静子の主張は、次のとおりである。
(一) 本件は、控訴会社と控訴人元太郎とにつき必要的共同訴訟ではない。そして控訴会社を被告とする本件訴訟において控訴会社敗訴の判決が確定すれば、その判決は第三者たる控訴人元太郎に対しても効力を及ぼすものと解すべきである。本件においては控訴人元太郎までも被告として訴を提起する必要はなかつたのである。控訴会社は、被控訴人等の同意を得て、既に本件控訴を取り下げたから、原判決中控訴会社に関する部分は確定した。
それで控訴会社は、本件残株式五千九百五十株につき、被控訴人等主張のとおり、割当、引受、払込等の手続を完了した。
(二) 本案については、控訴会社は、控訴人元太郎が代表者であつた当時は、すべて控訴人元太郎の主張と同様に主張して来たが、その従来の主張を左記のとおり訂正する。
被控訴人等の主張事実は全部認める。控訴人元太郎の本件残株式五千九百五十株の引受行為は、株主総会の決議に違反するのみならず、株主平等の原則にも違反し、当然に無効である。
証拠として、被控訴人等は、甲第一乃至二十二号証、甲第二十三号証の一、二、甲第二十四号証の一、二、甲第二十五乃至三十三号証、甲第三十四号証の一、二、甲第三十五号証の一、二、及び甲第三十六乃至三十八号証を提出し、原審における証人笠木伝一郎及び被控訴本人伊藤昌郎の各供述並びに当審における証人伊達貫一郎及び同井上伝七の各供述を援用し、乙第一乃至六号証、乙第九、十号証、乙第十二乃至十四号証、乙第三十一、二号証、乙第三十四号証及び乙第三十七号証の各成立を認め(そのうち写が提出されているものについては原本の存在をも認め)、乙第三十六号証については謄写版の部分の成立のみを認め、その余の乙号各証に対しては不知と述べた。
控訴人元太郎及び控訴会社は、乙第一乃至三十六号証を提出し、原審における証人伊藤久左衛門及び控訴本人伊藤元太郎の各供述並びに当審における証人福西英一、同伊藤純一郎及び同伊藤小三郎の各供述を援用し、控訴人元太郎は、更に乙三十七号証を提出した。控訴人元太郎は、甲第一乃至六号証、甲第十乃至十六号証、甲第十九号証、甲第二十一、二号証、甲第二十三、四号証の各一、二、甲第二十五乃至二十七号証及び甲第三十四号証の一、二の各成立を認め(そのうち写が提出されているものについては原本の存在をも認め)、その余の甲号各証に対しては不知と述べた。そして控訴会社は、「従来控訴人元太郎と同様に甲号証の否認をして来たが、これを改めて「甲号証の成立を全部認める」と述べた。
理由
被控訴人等は控訴会社及び控訴人元太郎の両名を共同被告とし、控訴会社の増資新株式五千九百五十株(記名式)を控訴人元太郎において引き受けた株式引受契約が株主総会の増資決議及び株主平等の原則に違反し無効である旨を主張し、右契約の無効確認を求めて、本訴を提起したのであるが、本訴が果して控訴人両名につき必要的共同訴訟であるか否かについて検討しよう。まず株式引受契約が有効であるか否かの問題は要するに株式会社の増資手続が完了したか否かの問題に帰着するが、このような問題は株式会社、その役員及び株主につき別個に確定することが許されないように思われる。ところが当事者双方の主張によれば、控訴人元太郎は右新株式五千九百五十株を除外しても、控訴会社の株主であり、しかもその代表取締役であつたのである。次に本件のような株式引受契約の無効は増資の一部無効にあたるから、本訴は当時の商法所定の増資無効の訴に類似しているといわなければならない。また本訴は、右株式につき控訴人元太郎が控訴会社に対して株主としての権利義務を有しないことの確認、すなわち控訴人元太郎が右株式につき控訴会社の株主たる法律関係の存在しないことの確認を求めるものであるが、株主の権利特にいわゆる共益権は身分権的人格権的性格を具有し、会社とその構成員たる株主との間の法律関係は組織法団体法上の法律関係であるから、本訴は係争法律関係の当事者以外の第三者がその当事者双方を共同被告として提起する親族法上の身分関係不存在確認訴訟にも類似しているといい得るであろう。株主についてはその氏名が株主名義に登載されているから、本訴は結局においては控訴人元太郎を右株式の株主として登載してある株主名簿の記載を抹消することを目的としているとも見ることができる。本訴は被控訴人等の控訴会社に対する請求と被控訴人等の控訴人元太郎に対する請求とを包含しているけれども、右各請求は、いずれも同一の法律関係を対象とし、株主名簿における同一記載の抹消を企図しているものである。なお本訴は前記株式引受契約が株主総会の増資決議に違反し無効であることを請求原因としており(株主平等の原則違反の主張については、しばらく措く)、しかも右決議の条項自体については当事者間に争がなく、その各項の解釈だけが争点となつているのであるが、このよううな総会決議の解釈の問題は、総会決議そのものの適法不適法または有効無効の問題と同様に、会社及びその関係者につき同一に決せられるのが実際上望ましいことである。叙上の諸点から考慮すると、本訴は控訴人両名につき必要的共同訴訟であるように見えるのであるか、およそ民事訴訟法第六十二条所定の「訴訟ノ目的ガ共同訴訟人ノ全員ニ付合一ニノミ確定スベキ場合」には、共同訴訟人数人が共同して訴を提起するかまたは共同訴訟人数人を相手方として訴を提起することを必要とし、そのようにしなければ訴が不適法として却下される場合(固有必要的共同訴訟)と右のような必要はないけれども、共同して訴えまたは訴えられた以上、共同訴訟人の一人に対する判決の効力が他の共同訴訟人に及ぶためにその全員につき同一趣旨の判決をすることを要するかまたは係争法律関係がその性質上各共同訴訟人につき別個に確定することを許さず共同訴訟人の全員につき同一趣旨の判決をしなければ訴訟の目的を達成することができないためにその全員につき同一趣旨の判決をすることを要する場合(類似必要的共同訴訟、大審院大正七年(オ)第一〇五〇号大正八年六月三日第一民事部判決等参照)とがある。そして本訴が控訴人両名を共同被告として訴を提起しなければ訴が不適法として却下される場合にあたらないことは明かである。
次に仮に被控訴人等の控訴会社に対する請求について控訴会社敗訴の判決が確定すれば、控訴会社は株主名簿の前記記載を抹消しなければならず、しかもそれが抹消せられるにおいては控訴人元太郎は控訴会社より右株式の株主でないものとして取り扱われることとなるが、このように共同訴訟人一人に対する判決の効力が反射的に他の共同訴訟人に及ぶ場合もまた前記の共同訴訟人の一人に対する判決の効力が他の共同訴訟人に及ぶ場合にあたるものと解してさしつかえないと思う。しかのみならず、更に本訴において、被控訴人等の控訴会社に対する請求について控訴会社敗訴の判決が確定し、しかも被控訴人等の控訴人元太郎に対する請求について控訴人元太郎勝訴の判決が確定し、他方、控訴人元太郎が控訴会社を被告として提起した前記株式引受契約の有効確認を求める訴訟において、控訴人元太郎勝訴の判決が確定したと仮定すれば、一体株式名簿の記載はいかにすべきであろうか。株主の権利義務はどうなるのであろうか。控訴人元太郎は、ある相手方との間においては右株式につき株主でないものとして取り扱われ、他の相手方との間においては右株式につき株主でないものとして取り扱われ、他の相手方との間においてはこれにつき株主であるものとして取り扱われなければならないこととなるが、このような取扱は、株主名簿の上から見ても、はたまた会社と株主との間の法律関係の性質から考えても、不可能であることが明白である。されば本訴は、係争法律関係がその性質上各共同訴訟人につき別個に確定することを許さず共同訴訟人の全員につき同一趣旨の判決をしなければ訴訟の目的を達成することができない場合にもあたるものといわなければならない。されば本訴は控訴人両名につき類似必要的共同訴訟であると断定すべきである(本訴は被控訴人五名についても同様である。なお本訴を必要的共同訴訟にあらずと解するにおいては、被控訴人等が控訴会社だけを被告として株式引受契約無効確認訴訟を提起した場合には、控訴人元太郎は、民事訴訟法第七十一条第六十二条により、被控訴人等及び控訴会社の双方を共同被告とし右契約有効確認訴訟を提起して前記無効確認訴訟において控訴会社がなす認諾、自白その他の控訴人元太郎に不利益な行為の効力発生を防止することができるにもかかわらず、被控訴人等が本件のように控訴会社及び控訴人元太郎の両名を共同被告として右契約無効確認訴訟を提起した場合には、控訴人元太郎は控訴会社のなす前記行為の効力発生を防止することができないこととなつて、甚だ不合理な結果を生ずるが、本訴を前記のように必要的共同訴訟であるとする見解に従えば、右の不合理な結果を生じないので、この点からも、右見解の正当性を肯定し得る次第である。したがつて昭和二十七年四月二十四日控訴会社の当時の代表者水野栄三郎がした控訴会社の控訴取下はその効力を生じない。
次に被控訴人等は、本訴請求の原因として、控訴会社の臨時株主総会において従来の資本の総額金二十五万円(一株の金額金五十円、全額払込済、株式の総数五千株)を金七十五万円(一株の金額前同様、新株式の総数一万五千株)だけ増加して金百万円とする旨の増資決議をし、これに基いて増資新株式の引受、払込等の手続がなされたが、そのうち本件新株式五千九百五十株を控訴人元太郎が引き受けた引受契約は前記増資決議の趣旨及び株主平等の原則に違反し無効である、と主張している。したがつて被控訴人等主張の引受無効の新株式数は新株式総数の約四割にあたるが、増資新株式総数のうち右割合の株式数の引受行為が無効であつても、必然的に増資そのものの無効を来すとは限らないから、被控訴人等において増資無効の訴を提起して争うべく本訴は不適法として却下すべきものである、と主張する控訴人元太郎の抗弁は排斥する。
そこで本案について審査するに、控訴会社が資本の総額金二十五万円の株式会社であつて、被控訴人等及び控訴人元太郎がそれぞれ被控訴人等主張の数の株式を有する控訴会社の株主であつたところ、昭和二十三年七月四日の控訴会額臨時株主総会において被控訴人等の主張のとおりの資本の総額を金七十五万円だけ増加して金百万円とする旨の増資決議をし、同日その直後に開催された控訴会社役員会において右増資の実行方法に関し被控訴人等主張の決議をし、右各決議に基き増資新株式の募集、申込、割当、払込等の手続が行われたが、増資新株式総数一万五千株のうち五千九百五十株が引受のない株式として残存することとなつたので、控訴会社の当時の代表取締役なる控訴人元太郎が同月三十一日の控訴会社役員会において右残株式五千九百五十株の引受をし、同年八月二十一日に開催された右増資報告のための臨時株主総会を経て、同月二十六日右増資の登記がなされたことは、当事者間に争がない。そして成立に争のない乙第一、二号証(甲第二、三号証)、乙第三号証、乙第四乃至六号証(甲第四乃至六号証)、乙第十二号証、乙第三十六号証(謄写版ずりの部分)及び乙第三十七号証並びに原審証人伊藤久左衛門及び当審証人福西英一の各証言によりそれぞれ真正に成立したものであることを推知し得る乙第十一号証及び乙第三十三号証と原審証人伊藤久左衛門、当審証人伊達貫一郎、同福西英一、同伊藤純一郎及び同伊藤小三郎の各証言並びに原審における控訴本人伊藤元太郎及び被控訴本人伊藤昌郎の各供述とを総合して考察するに、控訴会社においては、昭和二十三年六、七月頃には営業資金の必要が増大し、株式会社東海銀行四日市支店に対してだけでも金八、九十万円前後の借金債務を負担し、会社の規模から見て金融を受け得る限度がほぼ極限に達しそれ以上の借入をすることができない状態となり、しかも右銀行支店長より増資の勧告を受けたので、右債務の返済等を目的として前記のように同年七月四日の株主総会で増資決議をするに至つたこと、右決議においては同日現在の所有株式一株につき新株三株の割合で控訴会社株主に対し増資新株式を割り当ててその募集をすることにしたのであるが、右総会の席上では、利息、配当等の収入だけで生活をしている株主が多いために新株式の募集に応ずることのできない株主が少くないであろう、という予想意見が有力であつたこと、ところが、右予想のとおり、全株主二十七名のうち、伊藤小三郎(取締役)、伊藤純一郎(同上)、伊藤千代(右小三郎の妻)、伊藤しげ(小三郎の長女)、伊藤忠雄(控訴人元太郎の弟)、太田守(右元太郎の従弟)、伊達貫一郎その他の合計十四名(その割当新株式数合計五千九百五十株)にものぼる多数の株主は、新株式引受の申込期限であり同時にその申込証拠金(結局は払込金)の支払期限である同年七月二十五日を徒過し、同月三十一日になつてもその申込をせず、また被控訴人昌郎、同チイ及び同礼次郎の三名(割当新株式数合計五千十株)は、同月三十一日になつて漸くその申込をしたけれども、申込証拠金の支払についてはしばらくの猶予を懇請し、他方前記伊達貫一郎及び被控訴人せきの両名は控訴人元太郎に対し引受のない残株式引受希望の申出をしたが、その他の株主のうちには同日までに代表取締役(それは控訴人元太郎一名だけ)に対して同様の申出をした者がなかつたこと、控訴会社は、当時前記借金債務等を早急に返済する必要に迫られており、しかも増資払込の取扱銀行たる前記銀行支店から引受払込促進督促方の勧告を受けており、したがつて資本の増加額金七十五万円のうち金二十九万数千円にも及ぶ金額の前記残株式全部の引受人を速かに確定しなければならない情勢にあつたので、同月三十一日役員会を開催し、代表取締役なる控訴人元太郎、(増資決議当時の所有株式数二百三十株)、取締役なる被控訴人昌郎(同千二百七十株)、取締役伊藤小三郎(同八百株)、同伊藤純一郎(同二百八十株)、監査役伊藤久左衛門(同百株)及び同伊藤友五郎(同百株)の取締役監査役の各全員が出席し、叙上のような株主の申込払込の状況、伊達貫一郎等の申出、従業員割当に関する問題、会社債務の状態等を考慮して協議をし、同伊藤小三郎は「自主や家族(家族で株主たる者の意)は、今払込をする資力がないから、引受のない残株全部を元太郎に引き受けてもらい、将来資力ができた場合に元太郎から株式の分譲を受けるようにしたい」旨の意見を述べ、伊藤純一郎も同様に陳述し、更に伊藤久左衛門もまた、残株式全部を一応控訴人元太郎において引き受けられたき旨を懇請し、控訴人元太郎等においてこれに同意し、ここに全員一致の同意をもつて、同日現在の残株式全部を控訴人元太郎に割り当てるという決議をし、その結果同日現在における残株式五千九百五十株の引受人は控訴人元太郎に確定し、同年八月上旬頃までには増資新株式全部の払込が完了し、その払込金が会社債務の弁済に充当されたこと並びに同年八月二十一日の株主総会においては、増資後の株主総数二十七名、株式総数二万株のうち、合計一万八千二百七十株(本件残株式五千九百五十株を含む)の株主十七名(そのうち委任状により代理人が議決権を行使した株主十一名)が出席し、議長たる控訴人元太郎は、増資新株式の引受人の氏名、その引受株数等を記載した書面を備え付けて置いて出席株主の閲覧に供した上、増資の経過を報告し、前記監査役両名は調査の結果を報告し、満場一致の決議をもつて右各報告をなんらの異議もなく承認したことを認めるに十分である。原審における被控訴本人伊藤昌郎の供述のうち右認定に反する部分はにわかに信用し難く、その他の証拠によつても右認定を覆すに足らない。被控訴人等は、昭和二十三年七月三十一日前記役員会において控訴人元太郎、監査役伊藤久左衛門等に詐欺行為がおり被控訴人昌郎の決議に対する同意はその詐欺に因る意思表示である旨を主張するけれども、甲第十九号証の記載及び被控訴本人伊藤昌郎の供述のうち右主張に副う部分は措信し得ず、その他の証拠によつても右の主張事実を確認することができない。
昭和二十三年七月三十一日の役員会における引受のない残株式全部を控訴人元太郎に割り当てるという決議は、前記のように取締役の全員が出席しその全員一致の同意のもとに成立したのであるから、同月四日の株主総会の増資決議にいわゆる「取締役会」の決議にあたるものと見てさしつかえないと思われるが、右増資決議において残株式の割当を定めた「株主の希望を参酌してその希望者及び取締役会において相当と認める会社の従業員に割り当てる………その他の事項はすべて取締役会に一任する」という条項は要するに残株式引受人の資格を定めたものと解すべきであるから、取締役会が右の資格を有しない者にその割当をすれば右条項の違反となるけれども、右の資格を有する者に割当をした以上有資格者のうちの一定の者に割当をした場合においても右条項の違反とはならないものといわなければならない。そして控訴人元太郎は、前配のように株主であつてしかも役員会において残株式の引受に同意したのであるから、残株式引受希望を有する株主としてその割当を受ける有資格者であつたということができる。右条項には、「株主の希望を参酌して」とあるけれども、その希望参酌の方法については特段の定がないから、その方法は「その他の事項」として全く取締役会に一任されたものと解さなければならない。したがつて積極的に株主について各別に希望の有無を調査するような方法をとらず、単に株主一般の当時の状況等を考慮したにすぎないような場合においても、なお株主の希望を参酌したものというべきであるが、役員会が株主の新株式申込払込の状況、伊達貫一郎等の申出その他を考慮したことは前記のとおりであるので、本件においては株主の希望を参酌したものと見るべきである。叙上のとおりであるから、残株式全部を控訴人元太郎に割り当てた役員会の決議は増資決議の前記条項に違反しない。なお附言するに、右条項によれば、取締役会において相当と認める会社従業員が存在する場合には、これに対して割当をすることができるのであるが、役員会の前記決議は結局において取締役会において相当と認める従業員が存在しないという趣旨であるから、従業員に割当をしなかつたことは、この点から考えても、増資決議違反の問題を生じない。そして前記認定のすべての事実をしんしやくして考慮すれば、残株式全部を控訴人元太郎に引き受けさせたことは、機宜妥当の処置であつたというべきである。されば増資報告のための株主総会も前記のように満場一致の決議(それは実質上いわゆる特別決議以上のものであつた)をもつて承諾を与えたのであろう。これを要するに残株式全部を控訴人元太郎に割り当てたことは増資決議に違反しないから、この点に関する被控訴人等の主張は理由がない。
次に本件のような四倍増資において株主総会の増資決議に基き株主に対し旧株式一株につき新株式三株の割合で増資新株式の割当をして、その引受手続を進行した以上、新株式引受の申込期限を徒過して申込がなく、したがつて引受のない残株式全部を取締役会の決議により株主たる代表取締役一名に割り当てても、株主平等の原則には違反しないと解せられるから、この点に関する被控訴人等の主張もまた失当である。
以上の次第であつて、被控訴人等の本訴請求は理由がないので、これを全部棄却すべく、原判決は、右と結論を異にし不当であるから、取り消すべきものである。それで民事訴訟法第三百八十六条第九十六条第九十三条第八十九条を適用して、主文のとおり判決をする。
(裁判長裁判官 北野孝一 裁判官 中浜辰男 裁判官 吉田彰)